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  • 三代目・赤坂 兵之助

今日は「私自身」のことを書かせて頂きます!


赤坂金型彫刻所 代表 三代目赤坂兵之助

こんにちは、三代目赤坂兵之助でございます。

「初挑戦」だったクラウドファンディングも、今日が最終日となりました。

これまでにご支援を賜りました皆さまには、深く感謝申し上げます、本当に・・・!

まさか、私がクラウドファンディングに「挑戦」するなんて思ってもみていませんでしたし、こんなにもたくさんの支援者さまに支えて頂くことになるとも、全く想像できませんでした!


お陰様で八尾市の仲間にも、今年の「YAOYA PROJECT」に「挑戦」されることを決めた方や、「もう一度、八尾でのものづくりを復活させよう!」という、ちいさな「うねり」も出てき始めております!

我々の「挑戦」は始まったばかりですが、これからこれが「大きな波」になる「ワクワクの未来」を想像すると、 ご支援者の皆さまご自身が、その「創始者」であることには間違いがありません!


次への大きな予感をかみしめつつ、今日は「私自身」のことを書かせて頂きます! 


私は幼い頃から機械やコンピュータといったものが大好きで、かつ家系的にもいわゆる「仕事場」がいつもそばにあり、ものづくりと生活が切り離されていない環境で育ちました。

一番最初の作品は、「銅の小さな破片を磨いて、鏡面に仕上げる」というものだったと思います。

それを大事に手元において自慢して、独りで納得しては悦に浸っておりました。

思えば、すでにここでアクセサリーを作ってしまっていたのかもしれません。


中学生の頃からは、それなりに仕事を手伝いながら「楽しんでいた」ことを思い出します。

「なんでこの機械は、こんな風に自分で動けるんだろう?」と、そのしくみが不思議でなりませんでした。

なにより「自分のイメージ通りに機械が動く」、この面白さに夢中になっていました。


高校には仕事を手伝いながら通っているような一面があり、ある時などは校内放送で、「赤坂くん、工場でお父さまがお困りだそうですから、今すぐ帰宅しなさい!」との達しがあり、私はクラスメイトに散々冷やかられながら帰りのバスに急ぎましたが、それでも「いやな気持ち」には全くならず、 むしろ「これで堂々と帰れて、またあの機械を動かせる!」とワクワクした気持ちになれたことを思い出します。


その後、夜間大学に働きながら通い、工学やプログラミングを学びました。

これも大変面白く、17時に仕事を終えてからバイクで大学まで行き、ほとんど毎日実験とレポートを繰り返しては夜中に帰るという、ものすごくハードな生活が続きましたが、疲れなどよりは「好奇心」の方が勝ってしまい、卒業までがんばれました。


その後、私は本格的にアカサカに入門することになります。

私には「作ること」しかできません。

でもそれは言いかえると、「作ることができる」。

実際に目の前にあって、触れられて愉しむことができる、現実の「モノ」なのです。

赤坂の「ものづくり」の結晶である『 [cocur] fuku(コクール・福)』

皆さまのお手元に届く『福』や『曼荼羅』は、私が3歳のころから始めた「ものづくり」の『結晶 』です。

どうか可愛がってやってください!

そしてこれからも一緒に「挑戦」し続けましょう!


赤坂金型彫刻所 代表 三代目赤坂兵之助

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